ハルキ・ムラカミと言葉の音楽
記憶とは、これまでに出会ったありとあらゆる物と人が、現実から失われた後も、変わらずに在る場所だ。記憶という我々のこの静かな象の墓場においては、ピンボール台が人と同じくらいリアルで大切なこともあるのだ。
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二つの世界は浸透しはじめる。
和解の神 12
鏡に自分の顔がうつらなくなったような、空虚な感じだった。
小説作法 12
うっかり褒められたりすると、腹の底から語ることを忘れて、素晴らしい話ばかりを書こうとするようにもなりかねないから身の毒である。
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世界を丸ごと作品に書き込むことはできない。しかし、自分が最も大切にしている世界は書ける。
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母に言われて無限の可能性を感じたのを憶えている。閉じたドアがいっぱいの広大な建物に案内されて、どこでも好きなところを開けてごらんと言われたようなものだった。ドアは一生かかっても開けられないほどたくさんあると思ったし、この気持は今も変わらない。
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「へっ、へっ、へ」自分を正当化するつもりか、一度ダニーは目当てを話した。「学校でも何人という、きれいな女の子たちが、あそこでスカートをまくるんだからなあ」これを聞いて私は、あまりにも間抜けな考えであるために、禅の公案や、ジョン・アップダイクの初期の短編と同じで、かえって理屈かもしれないと思った。
職業としての小説家 11
アイザック・ディナーセンは「私は希望もなく、絶望もなく、毎日ちょっとずつ書きます」と言っています。
村上さんのところ 11
真実を正しく告げる言葉だけがあとに残ります。真実にはいつも居場所がちゃんとあります。真実ではない言葉は往々にしてそれなりの報いを受けることになります。
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