記憶の書(孤独の発明) 12
記憶ー物事が二度目に起こる空間。
一九七九年のクリスマスイブ。彼の人生はもはや現在のなかに存在しているように思えなかった。ラジオをつけて海外のニュースを聞くたび、いつのまにか自分でも知らないうちに、それらの言葉がずっと昔の出来事を語っていると想像しながら聞いているのだった。現在のなかに立ってはいても、それを未来の地点から眺めているように感じられた。過去としての現在はおそろしく古めかしい世界だった。本来なら彼を憤りでみたすはずの、今日生じている種々の悲惨な事態も、何だかひどく遠いものに思えた。まるでラジオの声が、いまはもう失われた文明の年代記を読み上げているような気がした。あとになって、思考がより明晰になったとき、彼はこの感覚を「現在への郷愁」と名づけることになる。
死が訪れるまではつねに、死は訪れないかもしれないという可能性があるのだ。
精神という部屋に一人でいる人間は孤独だ。だが部屋の外に出て、中にいる人間に辿り着けない人間もまた、それと同じくらい、いやおそらくそれ以上に孤独なのだ。
Aが思い出すのではなく、思い出がAのもとにやってくるのだ。その声の訪れを待って、Aはじっと耳を澄ませている。
ルイス・カーンの空間構成 12
「外観は誰にも理解できない。でも中は本当にすばらしい。すべては内部にある」
夜が明ける 12
「ありがとうございます!」そう言って、俺も笑っていた。俺は本当に、嬉しそうに笑えているのだった。
出逢ったときにすでに死んでいるということは、二度と死なないということだ。
正射必中 12
矢を的に当てることを考えるのではなく、正しく射ることに全神経を集中する。そうすれば、必ず的に当たる。
ジョン・ラスキン 12