ブラッド・メリディアン 12月
人間が戦争のことをどう考えようと関係ない、と判事は言った。
戦争はなくならないんだ。石のことをどう考えるかというのと同じだ。戦争はいつだってこの地上にあった。人間が登場する前から戦争は人間を待っていた。最高の職業が最高のやり手を待っていたんだ。今までもそうだったしこれからもそうだろう。それ以外にはあり得ない。
人間は遊戯をするために生まれてきたんだ。ほかのどんなことのためでもなく。子供は誰でも仕事より遊戯のほうが高貴であることを知っている。遊戯の価値とは遊戯そのものの価値ではなくそこで賭けられるものの価値だということもね。偶然の勝負を愉しむ遊戯は何かを賭けてこそ意味を持つ。運動競技の場合は力と技の勝負だがそこで問題になるのは競技者の値打ちであり勝負によってその者が何者であるかが決まるのだから敗北の屈辱と勝利の誇りそのものが賭けるに値するものだ。しかし偶然の勝負であれ実力の勝負であれあらゆる遊戯は戦争の域に達することを渇望する。なぜなら戦争においては遊戯そのものや参加者も含めたすべてを呑みこんでしまうものが賭けられるからだ。
すべての人間はほかの人間のなかに宿るしその宿られた人間もほかの人間のなかに宿るという具合に存在と証言の無限の複雑な連鎖ができてそれが世界の果てまで続くんだ。
自分はいろんなものを人類の記憶から消そうと思ってやってるんだ
チャイルド・オブ・ゴッド 12月
俺は何も憶えちゃいない。前のやつのあとをついていくだけだもんな。
越境 11月
われわれはみんな時の犠牲者だということだな。実際のところこの世界についている道はどんな場所でもひとつじゃない。ひとつだなんてことはあり得ない。われわれ自身がわれわれの道のりなんだから。従ってわれわれ自身が時間だということでもある。われわれはみな同じだ。束の間の存在。不可解な存在。無慈悲な存在だ。
たいていの人々が理解しないのは死人が去るのは世界そのものではなく人々の心のなかになる世界像からだということだ。世界から去ることはできない、というのも世界はそのなかにある全てのものと同じくどんな形をとろうとも永遠であるからだ。